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「模範的な人生を目指して」ー聖書が教える真の生き方

多くの人が「模範的な人生」を送りたいと願っています。それは、自分だけでなく周囲にも良い影響を与え、充実した日々を送る人生です。しかし、その具体的な道筋を見つけるのは簡単ではありません。時に私たちは「何が正しいのか」「どうすれば人として成長できるのか」と迷い、悩むことがあります。

そんな中で、聖書は模範的な人生を生きるための最良の道しるべとなります。聖書には、私たちがどのようにして本当に価値のある人生を歩むべきか、その秘訣が詰まっています。本記事では、聖書が教える模範的な人生の本質と、聖書の学びを通じて得られる祝福についてお伝えします。

模範的な人生とは何か?
模範的な人生は、単に成功や名声を追い求めるものではありません。それは、他者を愛し、誠実で責任ある行動を取る人生です。聖書は、模範的な人生の基盤が「神を愛し、人を愛すること」にあると教えています。

イエスは次のように語られました。「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。これが大切な第一の戒めです。そして第二もそれと同じように重要です。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』」(マタイ22:37–39)。

模範的な人生を生きるとは、神と人への愛を土台にした生き方をすることです。この愛が行動の基準となるとき、私たちは誰もが手本としたいと願う人生を築くことができます。

聖書が教える模範的な生き方の特長
1. 謙遜さと誠実さを持つ
聖書は、謙遜と誠実が模範的な人格の核であると教えています。「自分を低くする者は高められ」(ルカ14:11)。謙遜とは、自分を過小評価することではなく、自分の価値を正しく理解し、他者を尊重する姿勢です。また、誠実さは、見えないところでも正しいことを行う心を意味します。この二つの美徳は、模範的な人生を生きるための基本です。

2. 責任を果たす
聖書は、与えられた役割を忠実に果たすことの重要性を強調しています。「主はこう言われました。『よくやった。良い忠実なしもべだ』(マタイ25:21)。仕事や家庭、地域社会で与えられた責任を果たすことは、模範的な生き方の一部です。小さなことに忠実である人は、大きなことでも信頼されます。

3. 他者への愛を行動に表す
「隣人を自分自身のように愛しなさい」という言葉は、模範的な人生に欠かせない原則です。この愛は単なる感情ではなく、具体的な行動に表れるものです。たとえば、困っている人を助け、心の重荷を共に担い、相手の必要を理解しようとする姿勢が、模範的な生き方の一環です。

4. 神を中心に据える
模範的な人生の土台は、神との関係です。「主を恐れることは知恵の初め」(箴言1:7)。私たちが神の教えを中心に据えるとき、日々の決断や行動が導かれ、神の栄光を反映する生き方が可能になります。

聖書の学びがもたらす祝福
模範的な人生を目指す中で、聖書の学びは欠かせない助けとなります。

1. 正しい価値観が与えられる
現代社会では、成功や富、名声が人生の価値基準とされがちです。しかし、聖書は永遠に変わらない価値観を教えています。「人が全世界を得ても、自分の命を失ったら、何の得があるでしょう」(マタイ16:26)。聖書を学ぶことで、本当に大切なものを見極める力が与えられます。

2. 実践的な教えを学べる
聖書には、日常生活で実践できる具体的な教えが詰まっています。たとえば、どのようにして誠実であるか、どのようにして困難に対処するか、他者と健全な関係を築くか、といった内容です。これらの教えを実践することで、模範的な生き方が現実のものとなります。

3. 信仰の仲間とつながる
聖書の学びは、一人で行うものではありません。同じ目標を持つ仲間たちと一緒に学ぶ中で、お互いを励まし合い、共に成長することができます。この信仰の交わりは、模範的な生き方を続ける大きな助けとなります。

模範的な人生とは、単に外見的な成功を追い求めることではなく、神を中心に据え、他者を愛し、誠実で責任ある生き方をすることです。聖書はその道筋を明確に示してくれる指針です。

ぜひ、聖書の学びを始めてみませんか?神の愛と真理に触れることで、あなたの人生がさらに豊かに、模範的なものへと変わることを心から願っています。

御利益宗教ではないキリスト教

日本では、「宗教」という言葉から、何か特定の願いを叶えるためにお参りをしたり、儀式を行ったりする「御利益宗教」を思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、キリスト教はそのような「願いを叶えるための宗教」ではありません。キリスト教の中心は、神との関係にあります。ここでは、キリスト教が御利益宗教ではない理由を聖書に基づいて説明します。

①キリスト教の本質は「救い」と「愛の関係」
キリスト教が目指すのは、私たち人間が「神との正しい関係を回復すること」です。聖書にはこう書かれています。

「神はそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハネ3:16)。

この「永遠のいのち」とは、単に死後の安らぎや幸福を意味するだけではありません。
今この瞬間から神と共に生きること、そして神の愛の中に生きることを指しています。
キリスト教は、私たちの願いや成功を叶えるのではなく、罪によって壊れた神との関係を修復し、私たちが本来あるべき姿に導くものです。

②「与える神」ではなく「共に歩む神」
多くの人が宗教に「ご利益」を求める背景には、「何かをしてくれる神」というイメージがあります。しかし、聖書が教える神は、単に願いを叶える存在ではありません。むしろ、私たちの弱さや苦しみの中で共に歩んでくださる神です。

たとえば、詩篇にはこう記されています。

「たとえ死の谷を歩むとしても、私は災いを恐れません。あなたが私と共におられるからです」(詩篇23:4)。

神は私たちの人生を安全地帯に閉じ込めたり、すべての問題を取り除くことを約束されているわけではありません。
それよりも、試練の中でも私たちと共にいて、私たちを支え、導いてくださるのです。

③試練の中での神の目的
キリスト教の信仰を持つ人も、人生で困難や苦しみを経験します。信仰はそのような問題を魔法のように解決するものではありません。それどころか、聖書には信仰を持つがゆえの試練についても記されています。

たとえば、イエス・キリスト自身も人々からの拒絶や十字架の苦しみを経験されました。イエスはこう言われました。

「この世では苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネ16:33)。

試練を通して神が私たちを成長させ、信仰を深めることがあります。その中で私たちは、自分の力ではなく、神に頼ることの大切さを学びます。

④求められるのは「受け取る信仰」
キリスト教では、「これをすればご利益がある」「これをしなければ罰を受ける」という考え方を採用していません。聖書が教える神の恵みは、行いや努力によって得られるものではなく、信仰によって無条件に与えられるものです。

「あなたがたは恵みにより、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神の賜物です」(エペソ2:8)。

この「救い」は、何かを達成する対価として与えられるのではなく、神が与えてくださる愛の贈り物です。私たちはただ、それを信じ、受け取るだけなのです。

⑤ご利益を超えた希望
キリスト教は、私たちの願いや必要を無視するわけではありません。神は私たちの祈りに耳を傾けてくださるお方です。
しかし、神は単に願いを叶えるのではなく、私たちにもっと大きなもの—それは、永遠のいのちと、困難の中でも希望を持てる力—を与えようとされています。

キリスト教は、私たちの人生の目的を「何かを得ること」から「神と共に歩むこと」へと変えます。その結果、私たちは人生のどんな状況でも平安と喜びを見出すことができるのです。

最後に キリスト教は、「願いが叶うかどうか」ではなく、「人生そのものが神との愛の関係の中で変えられる」という信仰です。もし、神との本当の関係に興味があるなら、ぜひ一歩踏み出してみてください。教会では、あなたがその関係を深めるお手伝いをすることを願っています。

「心の安らぎ」「生きる意味」について考えたことはありませんか?

日々の忙しさの中で、「心の安らぎ」「生きる意味」について考えたことはありませんか?

聖書は、数千年にわたって多くの人々に希望と指針を与えてきた書物です。旧約聖書と新約聖書から成り、神と人々との関係、そして人生における愛や赦し、勇気や希望について語られています。私たちの現代社会の中で生きるための知恵と力が、今もたくさん詰まっています。

聖書は、神と人々との関係について語りかけ、私たちが生きる上での知恵と力を与えてくれる書物です。たとえば、イザヤ書の「恐れるな、わたしはあなたと共にいる」(イザヤ41:10)ということばは、試練や困難に直面したときの心の支えとなります。また、「あなたの隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22:39)という教えは、人との関わりの中で愛と赦しの大切さを教えてくれます。

聖書は、悩みを抱える現代人にとっても「わたしの与える平安を受けなさい」(ヨハネ14:27)という慰めや、日々の生活に力を与えてくれるメッセージが詰まっています。人間関係や人生の選択に迷ったとき、聖書の教えがあなたに新しい視点と希望をもたらしてくれます。

シティバプテスト教会では、さまざまな聖書を学ぶ機会を提供させていただいています。

聖書について知りたい、学びたい、触れてみたいと考えておられる方は是非一度お問合せください。